子どもたちが豊かに生きられる地域・社会における市民性とはどんなものでしょうか。子どもを取り巻く社会にはたくさんの困難があり、多くの子どもたちが安心して頼れる存在がなく孤立している現状があります。
PIECESでは、子どもたちの生きる地域に、子どもたちにとって信頼できる大人を増やし、「優しい間(ま)」を広げることを目的に、「Citizenship for Children」(以下:CforC)という市民性を醸成するプログラムを実施しています。
プログラムで行うのは、いわゆる支援職や専門職の養成ではありません。子どものためだけでも自分のためだけでもない、その両者を大切にするとはどういうことかを問う視点をもった上で、具体的なアクションを起こすこと。
そして、子どもとの関わりに答えを求めるのではなく、学び続け、問い続ける姿勢を持つこと。ひとりひとりの市民性を醸成し、市民によるアクションが子どもの生活する日常の中に生まれ続けていくことを目指しています。
2016年に始まった活動は、多くの方に支えられ、今年で5年目を迎えます。4月24日にCforCのこれまでの歩みについて発表する報告会が行われました。報告会には修了生も参加し、プログラムを受講して得た学びや気づきについて紹介しました。
PIECESの課題意識ー子どもの心の孤立
まず、PIECES理事の斎典道(以下:斎)から団体紹介を行いました。
斎:子どもたちの周りで、相対的貧困・虐待・いじめなどが起きています。これらの社会課題の背景にあるのは「子どもの心の孤立」です。この孤立感にPIECESは課題意識を持ち、どうすればこの課題を解決できるかを考えてきました。
誰かに助けてほしいけれど、信頼して相談できる人はひとりもいない。周りに大人はいても、自分のことを真剣に見つめてくれる大人がいない。そう感じている子どもたちに出会ってきました。
困ったとき周りの大人に頼る方法もあるかもしれませんが、「人に頼る」ことは実はとても主体的な行為で、たくさんのエネルギーが必要です。実際に人に頼るまでには、自分の現状を問題だと認識し、相談したい相手が思い浮かび、実際に相談しに行くという3つのハードルがあります。それを子どもたちに求めることは酷なことだと思います。私たちは「子どもの心の孤立」は社会が生み出している課題なのではないかと考えています。
私たちが活動を始めた当初は、子どもたちに出会う場づくりを行っていました。でも、活動を続ける中で、現実があまり変わっていないような気がしたんです。そして、私たちがたどり着いたのが「人」にアプローチすることでした。
目の前のひとりの子どもを、ひとりの人として見ること。目の前の子どもの痛みに気づくこと。そして、子どもに関わる人自身も健やかであること。そうでなければ、子どもが大切にされる環境はつくれないのではないかと思っています。
親や先生や支援者の存在が大切なことは言うまでもありませんが、ひとりの市民としての関わりをつくっていくこと。市民性の醸成を通じて、少しずつみんなで自分の手元から社会を変えていくことができると考えています。
PIECESがみつめる未来は「時代を超えて、子どもと共に優しい間をつむぎ続ける社会」です。子どもと共に優しい間をつくる人が増えていく。そのことが私たちのミッションです。
子どもが孤立しない地域をつくる市民生醸成プログラムCitizenship for Childrenとは?
続けて、PIECES理事の斎と青木翔子(以下:青木)が、CforCのプログラム内容を説明しました。
斎:CforCは市民性の醸成を通して、子どもたちにとってのウェルビーイングを探究するプログラムです。子どもにとっても大人にとっても良い関わりとはどんなものなのかを探究しています。
子どもとの関わりに正解はありません。だからこそ、CforCでは座学、ゼミ、実践・リフレクションの3つを通して、様々な人の声に耳を傾けながら、学び続け、問い続けることを大事にしています。
プログラムでは、子どもと自分両方の行動の背景にある感情、願い、価値観に目を向けていきます。子どもの願いや価値観に目を向けると同時に、自分自身の願いや価値観も丁寧に扱っていきます。
青木:2020年は新たなチャレンジを行い、CforCのコースを3つに増やし、市民性の輪を広げてきました。一つ目は、オンラインの講座を見て学ぶ「基礎知識コース」です。このコースでは月1回動画を見て、子どもと接するときの知識やマインドセットを半年間で学ぶことを実施しました。
二つ目は、基礎知識コースの内容に、月1回のゼミとリフレクションを加えた「探究コース」です。住んでいる地域の枠を超えて学び合う「一般クラス」、「水戸クラス」(協業団体:NPO法人セカンドリーグ茨城)、「奈良クラス」(協業団体:認定NPO法人Living in Peace)の3つのクラスで「探究コース」を実施しました。
三つ目は、探究クラスの修了生向けの「プロジェクトコース」です。このコースでは実際に自分のアイデアをプロジェクトにし、地域で自分のできることをはじめていきます。9つのプロジェクトが実際に立ち上がりました。重症児(者)施設の1階に駄菓子屋スペースをつくり、子どもたちが気軽に訪れることのできる居場所をつくった「+laugh(アンドラフ)」などのプロジェクトが生まれています。
CforCの目標は3つあります。一つ目は、子どもへのまなざしの獲得です。子どもの願いを大切にしながら、自分にも子どもにも尊厳を持って関わること。好奇心をもって子どもに接すること。自分の価値観のメガネに気づくこと。これらを通して、子どもへのまなざしを獲得していくことを目指します。
二つ目は、一人ひとりの市民性の探究です。自分の願いも大切にしながら、一人ひとりの市民性を追求していき、その人らしく行動できることを目標としています。三つ目は、学び続け、問い直し続けることです。関わりに正解はないからこそ、内省的な振り返りを繰り返していきます。
プログラムで実際に行ったワーク紹介
青木:探究コースで実際どのようなワークを行っていたかをご紹介します。例えば、「支援」と「関わり」の違いについてのワークをしました。支援は目的や終わりがあります。一方、関わりには明確な目的や終わりはなく、困っていなくても人とつながっていけるという特徴があります。ワークを通して、市民一人ひとりにできる関わりを考えました。
また、CforCではリフレクションを大切にしています。子どもとの関わりを振り返って言語化し、そこから気づきを得て、次にどうするかを考えていく。プログラムでそんな経験学習のサイクルを回していきます。
PIECESでリフレクションを行う目的は2つあります。一つは、自分の見過ごしている感情や想い、願いに目を向け、それらを受け止めていくことで、子どもと関わる自分のあり方を見つけることです。もう一つは、子どもの願いや背景に想いを馳せ、次からの関わりを探究することです。
例えば、ひとりの女の子に話しかけたとき、その子の反応があまり見られないということがあったとします。その子が興味を示してくれないというのは、私たちが持っている価値観のメガネです。ワークでは、子どもの表情や様子を観察して、客観的な情報から子どもを見ていきました。プロセスコードというツールを使い、自分の気持ちや子どもの気持ちに気づいていくワークを行いました。
2020年に生まれた成果ー多くの参加者が子どもの発言の背景を考えるように
プログラム内容を説明した後、参加者に行ったアンケートの調査結果についてお伝えしました。
斎:プログラムの前後で参加者にどのような変化があったかを確かめるため、アンケート調査を実施しました。多くの参加者がアンケートの中で、CforCが役に立ったと回答しています。
子どもは守ってあげる“支援対象”で、大人が弱い存在の子どもを守っていく。プログラム前はそのように捉えていた方も、「相手に合わせて話を聴く」「話を深める問いかけを行う」の項目が伸びていたことから、子どもとの関わりの質が向上したことがわかりました。プログラムを通して、子どもを支援するのではなく、子どもと共に並んで歩いていくという姿勢の変化が起きています。
アンケートでは、参加者の9割以上が「子どもの発言の背景を考えるようになった」と回答しており、子どもへの関わりに重要な想像力が培われたという結果が出ています。他にも「普段の子どもへの声かけの仕方が変化した」「知人の子やまちで見かけた子の中で、気になる子どもに気がつくようになった」といった声も聞かれました。
取り組みで得た新たな気づき・CforC2021に向けて
続けて、CforCで得た気づきと今後の動きについての紹介を行いました。
斎:市民性を醸成していく上で大事なものが何かをこの5年間探し続けています。その一つとして、「葛藤」というキーワードが見つかったと思っています。葛藤は市民性や子どもとの優しい間を探究していく上で大切なことだと考えています。
正解がないからこそ、子どもと関わるときには不安や迷いといった葛藤が生まれます。でも、子どもと関わる上で、葛藤という複雑さや曖昧さと共にいれることが、すごく大事なことなのかなと思っています。
わかりやすい正解がどこかにあるんじゃないか、ある方法が合理的でスピードが速いのではないかと感じることもあると思います。
でも、一見遠回りかもしれないけれど、子どもとの関わりに答えを求めるのではなく、学び続け、問い続ける姿勢を持つこと。子どもの周りの環境をつくっていくときに感じる葛藤を大事にできるといいなと思っています。
オンラインを使いながら、これからはさらにCforCの規模を拡大していきたいです。また、今よりも短期間のコースを設け、より参加しやすいプログラムを設計していきたいです。また、修了生を含めたコミュニティの醸成も行っていきたいと考えています。
CforC2020 修了生インタビュー
報告会の後半に、2020年のCforC修了生から、プログラムを受講して得た学びや気づきについてお伝えしました。報告会には一般クラス・水戸クラス・奈良クラスから、5名の修了生が登壇しました。本レポートでは、奈良クラス修了生の糠塚歩里さんの声をご紹介します。
── 自己紹介をお願いします。
現在は会社員の傍ら、学生として心理学を勉強しています。その他の活動では、週に2度ほど近隣の子ども食堂でボランティアをしています。
── プログラムに参加した感想を教えてください。
CforCに参加するまでは、無意識の中で自分が子どもたちに何かをしてあげる立場だという思いがありました。でも、プログラムを通して、与える側と受け取る側というコミュニケーションはないと感じました。
また、CforCに参加して「自分のことも大切にする」ことを学びました。自分のままで子どもたちと関わり、良い関係をつくっていくこと。それがCforCで得た1番の学びです。
── CforCがきっかけとなり、子ども食堂での活動を始められたと思うのですが、ボランティア活動の中で感じていることはありますか。
プログラムの中で講師の方から、ただその場を共有することの大切さを伺いました。子どもたちのために何かを与えてあげるという視点ではなく、ありのままでただそこにいて、その時間を一緒に共有する。そんな優しい間を子ども食堂で感じています。
── プログラムの中で印象に残っていることはありますか。
自分と子どもの関わりを振り返るリフレクションのワークが印象に残りました。子どもがどういう気持ちでその反応をしたのかを紐解いていくのと同時に、自分自身の心がどう動いたかにも焦点を当てていきます。
過去に自分の中にできた価値観や、今自分が大事にしていることをリフレクションで振り返ることができました。
その中で、こうあるべきという思いが自分の中にあったと気づきました。「大人だからこうあるべき」「子どもに対してこういう関わりをするべき」といった思いが自分の中にあったんです。
リフレクションを通して「〜すべき」という価値観ができあがってきた背景に気づきました。「目の前の子どもに対して、自分がこういう感情を持ったのは、過去にこんな経験をしていたからだったんだ」と感じ、自分自身を大切にしていくきっかけにもなりました。
そして、自分が居心地良く、また子どもにとっても良い関わりをしていくために、自分がどう行動すれば良いかもCforCを通じて考えることができました。
── 糠塚さん、ありがとうございました。
一人ひとりの市民としてできることを考えていくこと。自分のことも大切にしながら、子どもの願いに思いを馳せること。学び続け、問い直し続けること。そうして市民としての関わりをつくっていくことが、子どもたちの周りに「優しい間」を広げることにつながっていきます。
CforCの修了生が自分たちの手元からアクションを起こし、新たなプロジェクトが生まれています。一人ひとりの子どもへのまなざしが、うねりとなって社会を変えていきます。
それぞれの市民によるアクションが、子どもの生活する日常の中に生まれ続けていったとき、子どもたちの周りの環境はどう変わっているでしょうか。
子どもたちが孤立の中で生き続け、社会のことを信頼できなくなる明日よりも、人の想像力から生まれる優しいつながりが溢れる未来を、PIECESはこれからもみなさんと共に創っていきたいと思います。
2021.05.17
執筆:田中 美奈